はじめに
厚生年金の保険料負担について、厚生労働省は「事業主負担分は従業員に転嫁される性質のものではない」との見解を示しています。(以下、Xでの投稿を参照)
しかし、この主張は、実際の経済学的視点や労働市場の動向を考慮すると、一面的であり、実態を反映していない部分が多いと言えます。本記事では、事業主負担分の性質について過去の経緯を振り返りながら、その本質を明らかにしていきます。
1. 厚生年金の事業主負担分の仕組みと背景
1-1. 現行の厚生年金保険料負担の構造
現在、厚生年金の保険料は労使折半とされ、保険料率の半分を従業員が、残りの半分を事業主が負担する仕組みです。この負担構造は、制度開始当初から「従業員と事業主が共同で支える」という理念に基づいて設計されました。
1-2. 事業主負担分が増加してきた経緯
過去数十年間にわたり、厚生年金保険料率は段階的に引き上げられてきました。その結果、事業主負担分も大きく増加しています。しかし、この負担増が従業員の給与や雇用に与える影響については十分に議論されてこなかったのが実情です。
2. 事業主負担分が従業員に転嫁される仕組み
2-1. 労働経済学の視点
労働経済学において、従業員が生み出す価値(生産性)が人件費を超えなければ、事業主は持続的に雇用を維持することが困難になります。事業主負担分の厚生年金保険料は、事実上の人件費として扱われ、次のような形で従業員に転嫁されることがあります。
- 賃金の抑制: 事業主負担が増えることで、従業員の基本給やボーナスの伸びが抑制される。
- 雇用機会の減少: 事業主負担増が企業の人件費総額を圧迫し、新規雇用や昇給の機会を制限する。
2-2. 実際の賃金抑制の事例
経済学者の研究では、社会保険料の事業主負担分が増加した際に、労働者の手取り賃金が減少する傾向が確認されています。これは、事業主が増加した負担分を賃金に反映させることでバランスを取るためです。
3. 厚労省の見解の問題点
3-1. 「転嫁されない」とする根拠の曖昧さ
厚労省は「事業主負担分が従業員に転嫁される性質のものではない」と主張していますが、この見解は次の点で説得力に欠けます。
- 経済学的根拠の不足: 労働市場の実態や企業経営の観点が考慮されていない。
- 実態との乖離: 賃金の抑制や雇用機会の減少という形で転嫁が起きている事例を無視している。
3-2. 制度設計と実態のギャップ
厚労省が述べる「事業主負担が従業員の安心を支える基盤である」という理念は、制度開始当初の考え方には合致していますが、現代の労働市場ではその理念が経済的現実に合わない場合が多いのです。
4. 事業主負担分の「見える化」の必要性
4-1. 保険料負担の透明化
現在の制度では、従業員が自分の「実質的な負担」を認識することが難しくなっています。事業主負担分を「見える化」することで、労働者が制度の本質を理解できるようにするべきです。
4-2. 新たな議論の必要性
社会保険料負担を見直し、事業主負担分をどのように労使間で分担するべきか、また、その影響をどのように緩和するべきかを議論する必要があります。
5. 提言:公正な負担構造への転換
5-1. 労使折半の再検討
労使折半という形を維持するにしても、その負担の実態が労働者に与える影響を考慮し、柔軟な見直しを行うべきです。
5-2. 事業主の負担軽減と従業員還元の促進
事業主負担分の削減を進める一方で、従業員にその分を還元する仕組みを設けることで、社会全体の負担を軽減する方向を目指すべきです。
おわりに
厚生年金の事業主負担分が実質的に労働者に転嫁されているという現実を無視しては、制度の持続可能性や公正さを確保することは困難です。厚労省の見解には一定の理念的価値があるものの、経済学的視点や実態を反映した議論が不可欠です。本記事を通じて、より公平な社会保険料負担の在り方を考えるきっかけになれば幸いです。